「外科医の呟き」 (鹿児島市立病院外科 濵田 信男先生)

hamada DR

 「ピーンと張り詰めた雰囲気の中、誰一人として無駄口をたたくこともなくProf. Tの腹部多臓器移植手術は開始されました。合理的な術野の展開、出血に対する執拗なまでの気配り、臓器を把持する軟らかい手、素早く、しかもまるでミシンで縫ったかのような正確な持針器の運び、流れるような糸結びの指の動き、こちらが恐ろしくなるほどの術野に対する集中力・・・・・」、これは私が約18年前に米国Pittsburgh大学移植外科に留学し数日たったある日の一コマです。あの時のある意味culture shockに似た深い感銘は今でも昨日のように脳裏に焼き付いています。

 外科医になり13年目で、ある程度のことはできると自信を持っての渡米でしたが、「俺は今まで何をやってきたのだろう?」とそのshockは相当のものでした。

 以来、レジデントとしてweek dayはほとんど毎日朝の6時から夜の12時まで動物実験(犬、ブタなど大動物を使った肝、小腸、腎移植)に明け暮れ、土、日は臨床の肝臓移植に狩り出され、2、3日は仮眠しかとれなかったという日も珍しくなく、地獄のような2年間を過ごしました。  Prof. Tの実験、手術指導は殊のほか厳しく、この人は鬼かと思うほどでした。

 その口癖は、「術野は常にdryに保て。無意味な出血は手術操作を混乱させるだけでなく患者の状態を悪化させるのみである。術野の色でその人の器量が分かる」、「Tie quickly !。速さだけでなく、血管(動脈、静脈で異なる)、軟部組織、消化管、皮膚、それぞれに適した正確な糸結びが要求される」、「人間には貧富の差があり、能力の差があるのは確かだ。しかし、神様が我々に平等に与えてくれたものが1つだけある。それは1日24時間という時間だ。どこかの国では結果が思わしくなくても“あれだけ頑張ったのだから、あれだけ努力したのだからしょうがない”という風潮があるが、結果が全てである。過程など何の値打ちもない。他人が1時間でできることをその倍、3倍かかってもいいではないか。成就するまで努力すべし。1日24時間、生かすも殺すも自分次第!」。

 現在、自分がある程度外科医として何とかやっていけるだけの自信を持てたのは、この2年間に経験し教えられた事によるものがすべてだと思っています。

 昨今、医療制度の改革の一環として研修医制度が始まり、これからはアメリカに似たレジデント制、専門医資格収得の重要性が増してくるものと思われます。

 外科医を取り巻く労働環境、条件を改善していくのは勿論のことですが、その前に寝食を忘れてぎりぎりの限界まで勉学、患者に没頭するという時期があってもいいのではないでしょうか。

 実際アメリカのレジデントは(少なくともPittsburg大学では、今でもそうだと思いますが)帰宅して自分のベッドに横になれるのは週のうち1~2日ほどでした。鉄は熱いうちに打て!・・・・です。

 体育会系の外科医の呟きでした。