外科医のつぶやき (三船病院 年永隆一先生)
「おはよう、年永先生。野菜はいらんな?」
朝早く、元気のいい声に目が覚める。10年以上前に勤務していた宮崎県の某市立病院での官舎での話である。医局の同期の先生方との話し合いで決まった出張病院であり、自分がその地に縁があったわけではなく、偶然に決まった出張である。その病院では勤続30年以上の外科の先輩が院長をしておられ、地域密着の医療を実践し、緊急手術など手術症例にも恵まれていた。地域の方々の健康と生命を預かってきた院長先生から教えていただいた臨床のノウハウ、クリニカルパールは有難く、その知識の深さには驚かされることばかりであった。
患者さんから頂戴した朝採れの野菜や、水揚げされたばかりの鯛やまだ生きたイカ、伊勢海老などの美味しさは忘れられない思い出である。独身や単身赴任の先生も多く、診療が終わったあとはショートコースをラウンドしてから宴会やマージャンといった付き合いも多かった。科の垣根も無く、気軽に明日の麻酔や手術の助手を頼んだり頼まれたりしていた。他科の手術の助手では、その科のノウハウやこつなど教えていただき、また他の科の先生方にも外科のテクニックを教えたりしていた。今でも同じ病院に出張していた仲間たちと久しぶりに会うと、当時の思い出話に花が咲く。
今は鹿児島市医師会の理事として救急医療や夜間急病センターにかかわることも多い。救急現場では外科のみならず、総合的なアプローチを必要とすることも多いが、外科医としての修練の過程で全身管理も学んだことは役立っているし、勤務している老人病院でも他科の先生方から教えていただいたことが大いに役立っている。
近年は大都市の病院での研修を選ぶ先生方も増え、地方の医師不足は地域医療の崩壊をもたらしつつある。今後の高齢化社会を考えると、地域で医療を完結する必要性が高まることは必至であるが、機能不全に陥った地域の病院ではこのニーズを満たすことは出来ない。この状況を打破するためにも医師の偏在を解消することに加え、地域のプライマリーケア医の重要性は増すばかりであるが、鹿児島県では多くの外科の諸先輩方が地域医療の中心的役割を果たしておられ、まさしくプライマリーケア医として活躍されておられる。外科の経験がプラーマリーケア医としてのコアスキルになり、広範囲の疾患について診療を行うことを可能とさせてくれていると思う。
個人的な経験から言わせてもらうと、先生方には若いうちから積極的に地域医療に飛び込んで、様々な科の診療を経験して欲しいと思う。地域医療はすばらしい出会いを与えてくれるかも知れない。そして“たまたま”派遣された病院で経験できることは一生の宝となるかもしれないのだから。